ヤンキー母校に帰る - 余市町にある『北星学園余市高等学校』の生徒だった一人の青年が、教師となって帰ってきて、生徒たちとの触れ合いを綴った北海道放送制作のドキュメンタリー。TBSテレビでテレビドラマ化された。
余市町の交通
・函館線: 余市駅
■ 道路もっとも重要な道路は国道5号で、東に小樽市や札幌市と連絡し、南には仁木町を経てニセコ高原方面に通じる。
国道5号は小樽市から余市町中心まで海岸に沿い、そこから余市川沿いに内陸に向かう。
余市川の東を通る国道5号に対し、西を通るのが道道然別余市線である。
町の中心から西には、国道229号が海岸沿いに積丹半島方面へと通じる。
いくつものトンネルを潜る国道229号は、西に通じる唯一の道路である。
南東に、冷水峠越えで赤井川村に直結するのが、道道余市赤井川線である。
これを補うように道道登余市停車場線がある。
道道豊丘余市停車場線は西部のヌッチ川沿いに、道道栄町温泉線は東部の畚部川沿いに、それぞれ余市町内の山間に通じる道道である。
地方港湾余市港へは、道道余市港線が通じている。
一般国道・国道5号
・国道229号
・北海道道36号余市赤井川線
・北海道道228号豊丘余市停車場線
・北海道道378号余市港線
・北海道道753号登余市停車場線
・北海道道755号然別余市線
・北海道道1092号栄町温泉線
・海上自衛隊余市防備隊(北海道余市郡余市町港町): 海上自衛隊の第一線
部隊として昭和46年7月に開隊された部隊。
余市町の経済
農業では明治時代から果樹の栽培が盛んで、リンゴ、ブドウ、梨で北海道一の収穫を持つ。
特にリンゴは日本で最初に栽培された。
ニシン漁はなくなったが、漁業はなお盛んである。
1934年にニッカウヰスキーの前身である大日本果汁株式会社が創業した地で、今もニッカウヰスキーの工場がある。
これは余市の気候がウイスキーの主産地スコットランドに似ていたことと、ウイスキーの製造に欠かせないピート(泥炭)が入手できたためである。
立地企業・ニッカウヰスキー株式会社余市蒸留所
・余市協同乳業株式会社
・日本清酒株式会社余市ワイン工場
・朝日新聞余市通信部
・北海道新聞社余市支局
北海信用金庫 - 本町の黒川町に本店がある
余市町の歴史
江戸時代初期にアイヌ人と日本人の交易拠点としてヨイチ場所、下ヨイチ場所が置かれた。
後には近海を回遊するニシンの漁場として発展した。
近海ニシン漁は、ニシンが少なくなり、1954年(昭和29年)を最後に途絶えたためなくなった。
1871年(明治4年)から農業開拓が始まり、リンゴなどの果樹が栽培された。
1920年の人口は16,809人であった。
・1869年(明治2年)開拓使余市詰役員が派遣される(浜中出張所)。余市町の開基。
・1900年(明治33年)7月1日、11町村が合併して余市町となり、一級町村制を実施した。
・1902年(明治35年)北海道鉄道株式会社により鉄道が敷設され、余市駅が設置される。
・1907年(明治40年)余市〜小樽間の電話が開通する。
余市町の地理
北海道後志支庁管区の北部、日本海の余市湾に面する。
町の中央を南から北に流れる余市川下流の平地を中心に、その東西の海岸と奥の山地を町域にする。
余市平野の南半分は仁木町に属するので、余市町は東西に長く中央部でくびれた形をしている。
東部では海岸沿いに平地があり、海岸まで迫るのは小樽市との境界にあたる畚部岬までの稜線に限られる。
余市川のすぐ西にあるヌッチ川・梅川の下流にも小さな平地と港町があるが、
それより西の山は険しく、海岸まで迫って自然の景勝をなす。海岸部はニセコ積丹小樽海岸国定公園の一部である。
・山: 天狗岳(872.3m)、毛無山(650.4m)、大登山(565.0m)、小登山(514.7m)、モイレ山(65.4m)
・河川: 余市川、ヌッチ川、登川、湯内川、出足平川、梅川、畚部川
・湖沼・ダム: 余市ダム(ヌッチ川)
・島: 蝋燭岩
・岬: 蛸穴の岬、滝の澗岬、ワッカケ岬、烏帽子岬、オトドマリ岬、モイレ岬、畚部岬
隣接している自治体
後志支庁
・小樽市
・余市郡 : 仁木町、赤井川村
・古平郡 : 古平町